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昭和19年12月7日の田原

110525_153310_2 こんにちは。

今日の午前中、70代の年配のご夫婦とその息子さんの三人連れのお客様がおみえになりました。

店の前に千葉県ナンバーの車。

奥様は店に入ると真っすぐにワタクシの所に歩み寄り、西の方角を指差しながらお訊ねになられました。

「このお店、前はもうちょっと向こうにありました?」

”前”

柴田屋酒店100余年の歴史。”前”といわれても、今の店舗に建て替える前の”3年前”の話か、創業当時の100年前の話か、それとも・・・?

でも、この奥様のお歳からすると、多分”あれくらい前”かな~と、思いながら探りを入れてみました。

「前とおっしゃいますと~」

「終戦の頃です」

やっぱり”あれくらい前”で正解でした。

「終戦の頃のことは詳しく知りませんが、以前はそこの角に店があったようです」と、ワタクシも西を指さしました。

「やっぱり!地震の時、私、そこにいたの。昭和19年12月7日」

終戦間近にこの地方に立て続けに大きな地震があったということは、新聞で読んだことがありました。昭和19年12月は昭和東南海地震です。

その地震の生の体験を聞くのは初めてです。

「学校から帰る途中、そこの角まで来たら急にグラグラグラーっと揺れて、それは大騒ぎだったんです。私もどうしていいかわからずワンワン泣きながら歩いていたら、牛車の人が拾ってくれて、牛車に乗せてもらって家まで帰ったの。この向かい側の家はみんな倒れちゃって、亡くなった方もあったんですよ。」

あぁ、聞いたことがあります。向かい側の家が倒れた話も。

幼い頃の恐ろしい体験。忘れられない場所ですね。

せっかく訪ねて来て下さったのに、我が家で田原の歴史に一番疎いワタクシしか店にいなくて、なんだか申し訳ないなと思いながらお話を聞いていると、我が家で田原の歴史に二番目に疎い夫が帰ってきました。多少はお相手できたでしょうか?

もしここに義父などいたら・・・、

10分や20分じゃ帰れなかったですよ、お客様。

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